田舎に住んでから「毎日が同じことの繰り返し」とは思わない話。

都会のコンクリートジャングルで暮らし、同じ列車に乗って会社と家を往復する日々。ふと、「毎日同じことの繰り返しだな…」と思う瞬間ってありますよね。

実際、わたしも都市での暮らしが10年ほどあり、タイトルのような気持になって嫌気が差すことが多かったです。もちろん、素敵な店やおもしろい場所があるという利点はありますが、それでも満たされない「虚しさ」のような感情を抱いていました。

なぜ、同じことの繰り返しだと思うのか?

その理由を考えてみると、やはり本質的な「変化」が少ないからです。確かに都市でも様々な移り変わりは存在しますが、その変化は「演出」に過ぎず、結局は人工物なのです。

例えば、

  • 電車の中づり広告が変わる
  • 新しい建物・お店ができる
  • 楽しいイベントがある

こういったものは所詮誰かの手によって造られたものでしかなく、コンクリートの上で繰り広げられているショーにしか感じられないんですよね。

人は自然と共に暮らすべき

そんな日々への嫌気から海外へぶらり旅にでました。

その中で気が付いたのは、演出された観光地は特に面白くはなく現地の人々の暮らしに入って行き、できるだけローカルな経験をすることこそが最高の観光であること。特に地方・田舎で見た、人々の優しさや豊かな生活が大きく影響して「人間は自然と共に暮らすべき」という風に思うようになりました。

帰国後は地方に住み、そこでも物足りなかったのでさらにド田舎へ引っ越しました。

そして、わたしの思い付きは正しかった、と日々思いを強めています。

なぜなら、田舎には変化がたくさんあり、それらを日々感じることができるからです。

実は田舎には変化が溢れている

出典:Amazing Nature-Plants Dancing in Time Lapse

自分が幼いころには感じることはできなかった小さな変化の連続。おそらく都市での暮らしを経験したからこそ感じられるものだと思います。

確かに暮らしのうえで不便な点もありますが、それ以上に鳥のさえずりや、虫の鳴き声を聞いたり、日々成長する草木を見ることで変化を実感できることが喜びになっています。

そういった変化が日常のなかに当然のように存在することで、「毎日が同じことの繰り返し」と思うことはなくなりました。余談ですが、自然と接することで自分の気持ちというものがより鮮明に意識できるようになってきたようにも感じます。

都会での生活を経たからこそ感じられるもの

もしも、生まれも育ちもずーっと田舎だったら、自然の小さな変化から喜びを得られることは無かったかもしれません。

それが当たり前になりすぎて、特別なことだとは気が付かないからです。

都市では、自ら求めないと自然を感じることができないものです。日常で目にするものは街路樹や狭い空しかありません。

その生活を批判したり、どちらの生活が優れているということを言うつもりはありません。しかし、日々の生活に虚しさや疲れを感じているなら、自然あふれる場所での生活を心が求めているのかもしれません。

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