【元号】廃止でいいんじゃない?昔は超適当に名付けられていた。

昭和生まれの私を平成生まれの若者が「おっさん」と揶揄する今日この頃いかがお過ごしですか。

新元号の発表が間近に控えて、どんな名前になるのか予想したりと誰も傷つかない話題としていい感じではあります。
ま、内心「ふん、平成が終わって君らもおっさんの仲間入りやな」と思ったりもするんですが。 でもね、思うんですよ。

もう西暦に統一しませんか?

ってみんな思いませんか。いろいろ無駄に思える元号制度。今回はそんな割とどーでもいいけど、生活に密接にかかわる元号について気ままに書いていきたいと思います。

元号って無駄じゃない?

こんなことテレビではまず言えないんでしょうが、はっきり言って無駄すぎる。ただでさえ人手不足の日本社会で元号変更への対応のために人手を割くことが無駄。

さらに、中小企業なんかでは自前で対応できなければ他所に頼んで対応してもらうんですから金銭的な負担も発生する。消費税10%への対応も待ってますし、余計な仕事で時間も金も失う…

逆に言えば、印刷業やシステム屋の方はいい商売になるのであったほうがありがたいんでしょうか。新元号記念に様々な商品が売れたり、と経済効果があるっていう記事もみかけます。

でもね、西暦表記と元号表記が混在すると日常生活で困るんですよね。書類の記入の際に西暦?平成?っていちいち考えないかん。


こんな感じの申込書だったらスペースの感じで西暦かな?って思うけど、なかには「H31年」って書く人もいるだろうし。PCに入力すれば西暦に換算される機能はあるんでしょうが、だったらはじめから西暦でいいやんか、と。

そうすれば平成生まれが昭和生まれをおっさん・おばさん扱いするような悲しい事件が起きなくても済みます。

さらにお年寄りに誕生日を聞いて、「わしゃあ大正14年生まれじゃ」といわれてもわからん。それがですよ、西暦しかなかったら、じいさんはこう答えます。

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1925年生まれですじゃ!

あー、大体90歳過ぎかってすぐ分かるよね。その代わり、「大正生まれ」という響きの威厳はなくなりますが。

あとは、日本史の勉強が捗るよね。「安政7年の桜田門外の変」っていわれてもピンとこない。1860年っていうてくれたら直感的にわかるし。

ほんで、過去の元号覚えたところで意味ないしね。この際歴史の出来事も西暦で統一してください。

元号は日本しか使っていない

厳密にいえば各国、各宗教で基準となる暦があります。西暦もキリスト生誕を基準にした暦ですから宗教に基づいたものであることには違いありません。とはいえ、現在では世界でのスタンダードになっているので宗教色はありませんが。

で、日本の元号は天皇という個人に結び付いた暦であってかなり特殊なもの。世界を見ても現在は日本しかこのような制度を使用していません。

そう言われると歴史を重んじる国民、日本人としては世界でも珍しい元号制度をいきなり廃止にするっていうのはもったいない気もします。

人一人の命がその時の暦に直結するってある意味面白い文化ですよね。

元号が変わるタイミングは?

明治元年(慶応4年=西暦1868年)に明治政府が「一世一元の制」を定めたことで、天皇が変わらない限り元号も変わらないことになりました。

明治以降は➡大正➡昭和➡平成➡?ってことですね。

逆に言うとそれまでは、天皇が在位中でも割とコロコロ元号が変わっていたんですよね。2年3年で変わるのは当たり前。

割と適当につけられていた元号の名前

では当時、どんな理由で元号が変わっていたのか。気になってWikipediaで日本の元号を調べるとおもしろいことがわかりました。結構適当(現在だからそう言えるのかもしれないけども)につけられてたんですよ。いくつかピックアップして紹介します。

  • 大宝の改元

701年の「大宝」への改元。理由は「金を献上されたから」っていう(笑)。

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なにっ、とな。これは大宝じゃ。

こんな感じで改元されてたようです。
ま、今では笑える理由ですが当時はすごい大事やったんでしょうね。そういうところが読み取れるという意味では元号も悪くないですね。

しかし、そんな思い付きのような理由で着いた元号。わずか3年で改元されてしまいます。

  • 慶雲の改元
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縁起の良い雲を見たのじゃ。そうだ改元しよう。

って感じで、名前もそのまま「慶雲」です(笑)。慶(よろこ)びの雲です。大喜利かっ。

しかし、慶雲時代もわずか4年(704年~708年)で終わりを迎えます。当時の庶民もコロコロ変わる元号に振り回されていたんでしょうね。こうやって昔のことに思いを馳せるの嫌いじゃありません。

  • 【超レア】天平感宝【4文字元号】

時は移り変わり749年、聖武天皇の時代。陸奥国(現在の青森、岩手らへん)から黄金を献上されたことを理由に改元されました。「てんぴょうかんぽう」と読みます。日本で初めて使われた4文字元号。聖武天皇はパイオニア。

とはいえ、その前の元号が「天平」だったので、あくまでも天平時代の中での区切りっていうニュアンスで名付けられたかもしれませんが。
ちなみに現在まで240以上ある元号のなかで4文字の元号は5つのみ。他はすべて2文字でした。4文字元号は以下の通り。

  • 天平感宝
  • 天平勝宝
  • 天平宝字
  • 天平神護
  • 神護景雲

天平感宝から神護景雲まで連続しており、期間にするとわずか21年(749年~770年まで)。その後「やっぱり言いにくいよね」となったのかどうかは知りませんが現在までずっと2文字の元号が続いています。

元号には祈りが込められている

おもしろい理由での改元が目を引きましたが、それ以外にも頻繁に元号は変えられていました。理由としては地震や飢饉、疫病の蔓延など人々が平和に暮らせないようなことが発生すると改元されることが多かったようです。

名前には平和や平穏、豊かなイメージのある名前が採用され、様々な困難が解決するように祈りを込めて名付けられてきたことがうかがい知れます。

直近の平成も、「平和が達成される」ようにとの思いでつけられています。

やっぱり元号廃止でいいんじゃない

ということで、過去から現在まで元号の由来を見ながらダラダラとお話ししてきました。初めは「無駄!絶対いらんやん」と思っていましたが、元号に込められた思いなんか考えるとあってもいいか、とう気持ちになりました。

しかし、二つの表記が混在するのは混乱するしいろいろなミスにつながります。ただ存在するだけで形式として置いておくのなら問題はないかとも思います。他に例を見ない貴重な天然記念物みたいなもんですからね。

でも、元号が変わる度にコストがかかるのであればやはり廃止した方がいいと思います。いくら「思い」があっても行動が無ければ何も変わりませんからね。それこそ根性論の過去の遺物ですから。

そんな名前を決めるためだけに学者やら著名人を集めてお金を使うなら、ほかの現実の問題に金を使ってくれ、という意見です。

逆に廃止する方がコストがかかる、という意見もネット上にはありました。だとしても、これ、永遠に続けるの?というのが個人的な意見です。現在の元号を使い続けるというのも全然ありだと思うけど。

てことで、気が付いたら3000文字越えてた(笑)。
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2 COMMENTS

YANKEE TOMO

本当に元号は鬱陶しい存在だとと思います。”元号は1300年以上続いている日本の伝統だから” “合理性が無くても、それは日本の文化だから…” 俺に言わせればそれは下らん能書きだと思います。また、元号が必要と考えている連中見ていると、過去にしがらみ着き変革に怯えている小心者だと思います。元号なんかデメリットだらけ。日本のみで外国じゃ全然使えないし、未来の表現は出来ないし(西暦だと1年ごとの繰り越しだから未来を表現できる。それに対し元号は天皇が逝去もしくは退位した時点で元号が終わる)、コンピューター等の処理が面倒で時間がかかる、元号が変わる際、無駄な金も人手もかかる。日本の報道番組を見ていて、キャスターが元号で言っているのを聴くと、1979年に制定された元号法とかいうくだらない法律に縛られながらやっている。そんな感じがしています。俺は報道番組のそういう部分に辟易しています。西暦で表現すればいいものをわざわざ元号とかというくだらないものを使ってと思いつつ…。私の考えは、日本は世界という大きなカテゴリーの中にある一部分だと思います。そう、果物という大きなカテゴリーの中にあるさくらんぼのように。ドメスティックな自国第一主義者はそういう部分に気付いていないから嫌いなんです。俺は、常に国際人でいたい。また、どんな人でも国際人になれると思いながら過ごしています。

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820

YANKEE TOMOさん、コメントありがとうございます!
日本人の歴史を重んじるスタイルは美徳かもしれませんが、あまりに敬い過ぎて物事ひとつ変えるのにも「前例重視」で硬直しているなーと思ったりします。
平成から令和へ、たった一日が過ぎただけなのに盛り上がり過ぎですよね。
商売としては良いきっかけなのかもしれませんが。
また、
「西暦だと未来を表現できる」という視点は鋭い見方だと思いました。
たしかに、元号で考えると未来が見えにくい、想像しにくいような感じがしますね。なんだか、ぼんやりするというか。
令和30年と言われても、ピンとこない…
時代も国も生き方も、激しく変化していくこれからを大きな視点で見ながら行動していきましょう。

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